の近似値

既に取り上げていた実写版「探偵学園Q」のアニメ版の話を見てみよう。実写版で取り上げられていたのは、積分方程式の問題であり、その分析で発覚したのは、天草リュウの答案にはかなりひどい点が見受けられることと、担当の数学教師が彼の答案の明白な誤りに気が付かないでいるということだった。

さて、アニメ版第29話には実写版と同様のシーンがある。しかし使われていた問題はまったく別のものだった。

下の英語字幕を見れば分かるように、この問題は東大理系入試問題レベルだと宣言されている。

ところが、問題文をよく読むとすでに問題自体がおかしな記述になっている。
最初に、区間Iの点aをひとつ選ぶ。このとき区間Iの点xは任意に選んでよかったはずなのに、4行目に

ただし(x-a)は充分に小さいものとする

これは最初にa,xのとり方を任意にとしていたことに矛盾している。

問題文の冒頭4行で提示されている事実は、「テイラーの定理」と呼ばれているもので、高校生の知識でもかろうじて証明することは可能だろう。しかし、4行目の注釈は不要である。区間I上の任意のa,xで良い。この定理の主張していることは、

f(x)f(a)+f'(a)(x-a)+\frac{f''(a)}{2}(x-a)^2+ \cdots +\frac{f^{(n-1)}(a)}{(n-1)!}(x-a)^{n-1}との差が\frac{f^{(n)}(c)}{n!}(x-a)^nになる


ということである。大雑把には、x-aが大きければ差は大きくなるし、小さければ差は小さくなるわけである。*1

さて、問題からして不適切だったわけだが、披露される天草リュウの答案はどうであろうか。

(続く)

*1:f^{(n)}(c)の項はxのとり方に応じて大きさが変わるので、この書き方は厳密ではないが。

例えば、A,B,C,Dの4人の人間を円形に並べる方法を考える。
但し、回転して同じ並び方になるものは同じ並び方と見なすという条件を課すことにする。
このときの並び方の総数は3!通りである。
というのも、Aの座る場所を一つ固定すれば、あとのB,C,Dを一列に並べる数に等しいからだ。言い方を変えると、同一視をしなければ(つまり椅子を区別すれば)、4!通りの並べ方があるわけだが、回転によって同じ並べ方になる4通りを同一視しているので、
\frac{4!}{4}=3!通り
となるわけだ。

円順列の基本
相異なるn個のものを円形に並べるとき、回転して同じになる並べ方を同一視するなら,並べ方の総数は(n-1)!通りである。

裏返して同じ並べ方になるものも同一視するならどうだろう。このような問題を「数珠順列」などと呼ぶことがある。その場合は、(n-1)!通りのうち、裏返しによって2通りずつが同一視されることになるから,\frac{(n-1)!}{2}通りになる。

ここまでのことは多くの参考書や問題集に基本事項として書かれている。
今回の記事で扱いたいのは、区別をなくした場合だ。

例えば、赤玉2個と青玉2個を円形に並べるとき、回転して同じになるものは同じ並べ方とみなし、さらに同色の玉は区別できないとする。このとき並べ方の総数はいくつだろう?

円周率が3.05より大きいことを証明せよ.

2003年度の東京大学入試問題で出題された

円周率が3.05より大きいことを証明せよ.

という問題を「ドラゴン桜」が取り上げている.
この問題が大学入試における良問かどうかはともかくとして,この問題が出されたということはこの年の受験業界でも比較的話題になったと思われる.

さて,件のマンガの当該部分には他にも沢山つっこみどころがあるのだが,ここではこの問題について直接論評している部分だけを取り上げる.

問題に込められた出題者のメッセージを受け取ることが重要だという文脈の中で取り上げられたのがこの問題であり,作中では柳という数学の教師が次のように続ける.



ここで注目すべきは,

この問題は円の本質を理解している者には簡単に解ける.

という言明だ.この言明に妥当性があるかがさしあたっての今日のお題というわけである.

さて,僕がこの巻を買ってしまった最大の理由は,東大合格者の答案見せますというキャッチコピーのせいである.事実,柳という教師は,東大に合格した生徒と不合格だった生徒の答案を引き合いに出す.次の2枚の答案を見比べよというわけだ.右が合格者.左が不合格者である.

ここで柳という教師は,この2枚の答案に見られる差異を指摘するよう生徒たちに問いかける.もしこの記事を読んでおられる奇特な方がいらっしゃるなら,ぜひ考えてみていただきたい.この2枚の答案に見られる差異とは何であろうか,と.

そのための補助線として,ひとつ指摘しておくことがある.
このマンガのこの話の最も酷い点は,「円の本質を理解している者には,簡単に解ける」などと断言して見せ,「数学で大切なのは本質の理解だ」とか,「円の本質を教える授業をしているのかどうかを議論すべきだ」などと言ってみせるだけで,「円の本質とは何か」ということについて一切の言明をしていないということである.

もちろん「円の本質とは何か」という問いに対する答は様々なものがありうるだろう.しかし本問に必要となる「円の本質」が何かは明確である.それは,

円とは正多角形の極限形,つまり正多角形を用いていくらでも良い近似が作れる.

ということに他ならない.この意味からいくと,次の洞察はどちらも円の本質を見事に捉えている.

  1. 円周>内接正n角形の周の長さ
  2. 円の面積>内接正n角形の面積

そしてnを大きくしていけばその差は限りなく小さくなっていく.

「円の本質を捉える」という意味において,上記の2枚の答案に優劣はない.どちらも円の本質を見抜いている.しかし決定的な差異は,左の答案が面積に,右の答案が円周の長さに着目したということだ.もちろんどちらも「円の本質」のひとつの側面ではある.しかし,本問を解くという視点から見ると,実はこの違いは小さくはない.

と,補助線を引いた上で,柳という教師の説明に戻ろう.彼は言う.合格者の答案(右)は,円内に正12角形という具体的なものを想定することから始め,不合格者の答案(左)は正n角形という抽象的なものを想定している.抽象的なものは推測する足がかりがないために迷走するのだと結論する.つまり,この合否を分けたのは,「具体的なものから考察を始める」という態度/手法の差にあるのだと.

もちろんこの答案のことを別にして一般論として「具体的なものから考察を始める」という態度/手法は重要である.簡単に確かめられる具体的な計算もせずに白紙の答案用紙を眺めながらうんうん唸っている人も多いかもしれない.簡単に確かめられる例を計算しておけば,自分の計算が間違いであることがすぐに検算できるのに,一顧だにしない人も多いかもしれない.そういう人たちにむかって,「具体的なものから思考を始めよ」と説くのはもちろん大切な教師の役割だろう.

しかし,この2枚の答案を比較しながら述べるなら,このコメントは,少なくとも二重の意味で言いがかりである.

ひとつは,すでに前に述べていた「円の本質を理解している者には簡単に解ける」という言明から外れているということ.どちらの答案も,円の本質は同程度には捉えきっている.問題が解けたか解けなかったかを分けたのは,「円の本質を理解していたか」にはない.この点をごまかしている.

そしてもうひとつ.最初に正n角形から始めたか,正12角形から始めたかが,この問題の出来を分けたと考えるのは間違っている.例えば,左の答案でn=12の場合を考えてみる.最初に正12角形を想定することから始めると,
\pi>\frac{12}{2}\sin\frac{2\pi}{12}
という不等式が現れる.右辺は6 \times \sin\frac{\pi}{6}=3だ.つまり,正12角形という具体的なものから出発しても左の答案の方法では,求めたい不等式は得られないのである.

実は左の答案は最後の=のところでnを\piと書き間違えている.そのせいで意味不明な式が出てきてしまって思考停止したのかもしれないが,僕はマンガの作者の書き間違えではないかという疑いも捨てきれない.だがいずれにしても最初に具体的なものから出発したか否かが,この問題の出来不出来を決定したのではない.合否を分けたのは
\frac{n}{2}\sin\frac{2\pi}{n}>3.05
となる具体的なnを求めることが出来なかったという点に尽きる.それは最初に面積に着目したか周長に着目したかの違いなのだ.
面積だと正12角形では不足であり,周長なら正12角形で十分だった.(実は正8角形でも十分である.)

n=24とすると,\sin{15^\circ}を求める必要がある.それは\sin(45^\circ-30^\circ)とみて加法定理をつかって計算すれば良く,その場合\pi>3(\sqrt{6}-\sqrt{2})という不等式が得られる.右辺が3.06より大きいことが数値計算で確認できる.

念のため確認しておく.

注意:\piの値の話をしているので,本来は弧度法で\piを持ち出すのは良くない.度数法で記述するべきだろう.
半径1の円に内接する正n角形の面積は\piより小さい.円周の長さは2\piより小さい.このことから次の2つの不等式が得られる.

  1. 面積:\pi>\frac{n}{2}\sin\frac{2\pi}{n}
  2. 周長:\pi>\frac{n}{\sqrt{2}} \times \sqrt{1-\cos\frac{2\pi}{n}}

ここで,
\frac{n}{2}\sin\frac{2\pi}{n}=\pi \times \frac{\sin(2\pi/n)}{2\pi/n}
と変形すれば,n \to \inftyのとき,確かに\piに収束する.他方,周長の方は分母と分子に\sqrt{1+\cos\frac{2\pi}{n}}をかけて考えると
\frac{n}{\sqrt{2}} \times \sqrt{1-\cos\frac{2\pi}{n}}=\frac{n \times \sin\frac{2\pi}{n}}{\sqrt{2\left(1+\cos\frac{2\pi}{n}\right)}}
と変形できる.n \to \inftyで分母は2に収束し,分子は2\piに収束するから,全体として確かに\piに収束する.
このことは,正n角形の極限形としての円の姿を式で捉えていると考えられる.

さて,両者の比をとってみると,
\frac{\frac{n}{\sqrt{2}} \times \sqrt{1-\cos\frac{2\pi}{n}}}{\frac{n}{2}\sin\frac{2\pi}{n}}=\frac{\sqrt{2}}{\sqrt{1+\cos\frac{2\pi}{n}}}
となる.nが大きくなると確かにこれは1に収束するわけだが,\cos\frac{2\pi}{n}の部分は単調に増加しながら1に近づいていくことになる.つまり,
\frac{\sqrt{2}}{\sqrt{1+\cos\frac{2\pi}{n}}}>1
となっている.このことからわかることは,周長の方が面積よりも\piの良い近似を与えているということだ.

それゆえに,周長ならn=12で得られた不等式が面積ならn=24まで考えなくてはならなくなったのである.


結論はこういうことだと思う.

この2枚の答案は,片方は周長,もう片方は面積という点に着目して,円が正n角形の極限形であるという本質を捉えている.しかし周長に着目したほうは完答したにもかかわらず,面積に着目したほうは完答できなかった.それを分けたものについて,次の可能性が考えられる.

  1. 計算の途中でn\piと書き間違えた.(もし答案が忠実に再現されているのだとしたら,間違いなく最大の原因はこれである.)
  2. 周長のほうが面積よりも良い近似を与えているということには気が付かなかった.(これはそんなに自明なことではないと思う.実際に計算して見なければわからないことなのではないか.)
  3. \frac{n}{2}\sin\frac{2\pi}{n}>3.05となる具体的なnを求められなかった.(もしかすると\sin{15^\circ}を計算する手間を惜しんだのかもしれない.)

2枚の差を分けたのは,どちらが円の本質を理解していたかではない.つまり「円の本質を理解している者には簡単に解ける」という言明は偽であることが証明されている.

2枚の差を分けたのは,具体的なものから考察をはじめたか否かにあるとは必ずしも言えない.むしろ周長に着目してn=12で上手く行った事がラッキーだったのだ.右の答案を書いた生徒が「どうせ12くらいで大丈夫なんでしょ」と安直に考えた可能性も否定できない.左の答案は,具体的な考察をするまでもなく\pinを用いて評価する不等式を既に得ているのである.左の答案を書いた生徒は,あとでnに具体的な値をあてはめて数値計算しようと思ってnを用いて計算していたのだろう.が,n,\piの転記ミスを犯した.あるいは,sin{15^\circ}が計算できなかったのかもしれない.n=12くらいを代入してみてだめだと気が付いて匙を投げたのかもしれない.

一般論として,問題を解き始める場合,何も思いつかないなら「具体的な考察から始めよ」というのは間違っていないと思うし,強調されてしかるべき教訓だと思う.しかし,個別具体的な答案を前にして,この一般論を振りかざすのは間違っている.ましてや「本質の理解」や「出題者からのメッセージの受信」ができれば,問題を解くのは易しいなどというのはありえない誤解だ.

探偵学園Q第4話「この問題が10分以内に解けなければ・・・」

探偵学園Q」第4話で次のようなシーンが登場する。
全寮制の学校の特進クラスという感じのネタのつもりなのだろうが、数学担当の女教師が次のように宣言する。

「これは東大の入試問題よ。10分以内にこれが解けなければ、このクラスの授業にはついてこれないわ。」

そんな授業を高校でやれるもんならやってみろと言いたいところだが*1。ともあれ、取り上げられたのは、2001年度の入試問題

である。初めに断っておくが、この問題は東京大学の前期試験数学の問題としてみると、極めてやさしい部類に属している。少し問題の与え方が通常の頻出形とは違うが,要するにf(x)の決定問題だと見れば,積分方程式の形で与えられた関数決定の問題は、東大に限らず入試頻出の典型問題と言ってよい。受験を控えた生徒の中には10分程度で片付ける者もいるかもしれないし、20分から25分程度の時間で確実に解けなければ、実際の入試でもややハンデを背負うことになる問題である。

解答例を紹介する前に、ドラマのストーリーを追っかけてみることにしよう。

山田涼介演じる天草リュウが颯爽と黒板に向かう。

そしておもむろに解答を黒板に書き始めるのだ。

途中、何箇所か黒板が映し出されるシーンが挟み込まれ・・・



答案が完成する。
「先生、これでいいでしょうか。」
と言うリュウ

完璧だわ。

となぜか少し悔しそうに答える女教師。そしてリュウはまた颯爽と席に戻るのであった。

さて、ドラマの中で映し出された黒板の映像3枚から推測すると、天草リュウのとった解法はおそらく次のような方針であったと思われる。

まず
A=\int_0^{2\pi}\cos{y}f(y)dy,
B=\int_0^{2\pi}\sin{y}f(y)dy
とおく.
次に,題意の積分方程式中にある\sin(x+y)\cos(x-y)を加法定理で分解してxに関する項を積分の外に取り出すことで、
f(x)=\left(1+\frac{aA}{2\pi}+\frac{bB}{2\pi}\right)\sin{x}+\left(1+\frac{aB}{2\pi}+\frac{bA}{2\pi}\right)\cos{x}
と表せる.
これを冒頭のA=,B=の式に代入すると、積分の計算
\int_0^{2\pi}\cos^2{y}dy=\int_0^{2\pi}\sin^2{y}dy=\pi
\int_0^{2\pi}\sin{y}\cos{y}dy=0
を用いて、2つの等式
A=\pi+\frac{aB}{2}+\frac{bA}{2}
B=\pi+\frac{aA}{2}+\frac{bB}{2}
が得られる。これをA,Bについて整理すると
\left(1-\frac{b}{2}\right)A-\frac{a}{2}B=\pi
-\frac{a}{2}A+\left(1-\frac{b}{2}\right)B=\pi
というA,Bについての連立一次方程式が得られる.
2式を足すと
\left(1-\frac{b}{2}-\frac{a}{2}\right)(A+B)=2\pi \cdots (*)
であり,2式を引くと
\left(1-\frac{b}{2}+\frac{a}{2}\right)(A-B)=0 \cdots (**)
である.そこで,
Case.1 \left(1-\frac{b}{2}-\frac{a}{2}\right)=0の場合.(*)からA,Bは存在せず不適.
Case.2 \left(1-\frac{b}{2}-\frac{a}{2}\right) \neq 0かつ\left(1-\frac{b}{2}+\frac{a}{2}\right)=0の場合.(**)は任意のA,Bについて成り立つことに注意すると,(*)からA+B=\frac{2\pi}{\left(1-\frac{b}{2}-\frac{a}{2}\right)}をみたすすべてのA,Bが解になるので不適.
Case.3 \left(1-\frac{b}{2}-\frac{a}{2}\right) \neq 0かつ\left(1-\frac{b}{2}+\frac{a}{2}\right) \neq 0の場合.(*),(**)を解くと,
A=B=\frac{\pi}{\left(1-\frac{b}{2}-\frac{a}{2}\right)}
となってただひとつ存在する.

このとき,
f(x)=\frac{-2}{a+b-2}(\sin{x}+\cos{x})
なので,これは0 \le x \le 2\piで連続になっており条件に適する.

さて、次の画像をよくよく見ていただきたい.

左端に見えている\frac{6A}{2\pi}とは何であろうか.上の解法に「6」という具体的な数字が現れる余地はない.天草リュウの答案は間違っているのだろうか.
もう一枚の画像を見てみよう.

3行目の=の後に見えている\frac{9A}{2\pi}とは何であろうか.上の解法に「9」という具体的な数字が現れる余地はない.これは何を意味しているのか.

上で紹介した解答の方針を見れば、この疑問にはすぐに答えられる.「6」とは「b」の書き間違えであり、「9」とは「a」の書き間違えである。

しかも事は単なる書き間違えだけでは済まない.
上の画像をよく見てみると,第1行目と第2行目で積分内からxに関する項を取り出す操作を行い,第3行目でf(x)A,Bを用いた表示を得ている.
そして第4行目で答に至る.
おかしい。これは大変におかしい.
f(x)=の式をA=,B=に式に代入することで,A,Bの連立一次方程式を得る部分がすっぽりと抜け落ちているのだ.このタイプの問題を解くために必要な大きなパートが抜け落ちている.
実は黒板の右の方にその計算があるのだろうか。答は否だ。

上の画像からわかるように,「f(x)=・・・と表せる。」の右側には何も式はない.そして次の行で答案が完成しているのだ.連立方程式を導く部分は黒板の上にはない。

冴えわたる天草リュウくんはこの部分の計算を頭の中でやって答だけを記しているのだろうか.しかし「f(x)=」の式を導く(せいぜい加法定理による分解しか使わない計算の)ために3行もの式を書かなければならなかった人が,\sin^2{y},\cos^2{y},\sin{y}\cos{y}積分や連立一次方程式の導出を頭の中でできるなどとは、普通は考えない.


そして最後の最後に「aet」などというなぞの文字列が登場する.
これは一体なんであろうか.

この疑問も大学生以上の人ならすぐに理解できる.
aetとは,行列式を表す\detの書き間違えなのである.*2天草リュウくんはここで,次のことを利用している.

A,Bについての連立一次方程式
\left(1-\frac{b}{2}\right)A-\frac{a}{2}B=\pi
-\frac{a}{2}A+\left(1-\frac{b}{2}\right)B=\pi
が唯一つの解を持つための必要十分条件は,A,Bの係数を取り出して出来る2\times 2行列
\left(\begin{array}{cc}\left(1-\frac{b}{2}\right) & -\frac{a}{2} \\ -\frac{a}{2} & \left(1-\frac{b}{2}\right)\end{array}\right)
行列式が零ではないことである.

これはもちろん正しい.が,普通高校生はこのようなタイプのことをまともには習わない.事実として知っている人はいるかもしれないが,証明すべき事柄であると考えるのが普通である.
例えば,十分性は,逆行列を両辺に左からかけることで説明できる.行列式が零でなければ解は存在して唯一つだ.問題は行列式が零のとき,解がどうなっているかである.結論としては,解が存在しないかあるいは無数に存在することになる.ここが正確に議論できなければこの問題の解答として不十分であることは言うまでもない.上に掲げた解答の方針では,きちんと場合分けをして示している.

実は,赤本の解答なども,上の事実を認めて解答しているし,入試の試験場では,その証明に時間を費やすよりも,他の問題に時間を書けたほうが良い場合もあるということは事実だろう.しかし,高校の数学教育の現場では,そうした配慮は無用だ.\detaetなどと書き間違えている人の場合,単にどこかで習った事柄だけを丸暗記している可能性が高い,と普通は考える.まともな教師なら,「必要十分であることの証明はできますか.」とたずねるべきである.

長々と「推理」と「数学」を積み重ねてきたが、結局わかったことは次のことだろう。

  1. 天草リュウは,a,b9,6と書き間違え,連立方程式を導く議論を完全に書き漏らし,あまつさえ\detaetなどと書き間違える.彼の答案を見る限り,彼はその場でこの問題の計算を実行したのではなく,どこかでこの問題の解き方や解法を丸暗記していて、それを黒板に書き付けていただけだという可能性が高い.行列式が零でないということと解が唯一つ存在するということの必要十分性もどこかで見聞きしたものだろう.天草リュウは数学的思考力がずば抜けているわけではなく,丸暗記型の典型的受験生に他ならない.*3
  2. この数学教師は,a,b9,6の書き間違えにも気付かず,連立方程式を導く議論が抜け落ちているのにも気付かず,あまつさえ\detaetと書き間違えていることにも気が付かない.そして行列式が零でないということと解が唯一つ存在するということの必要十分性に対する注意さえ怠っている.そんな答案を「完璧」などと言ってしまう.この女教師は無能だ.この東大の問題を10分以内で解けるような生徒に授業が出来るような能力の持ち主ではないことは明白である.*4

*1:あとの解答例を見ればわかることだが,この問題を解くためには,sin^2{y},\cos^2{y},\sin{y}\cos{y}の定積分が計算できなくてはならない.3番目は奇関数だからと逃げることもできるが,sin^2{y},\cos^2{y}積分には\cos{2y},\sin{2y}積分が必要になる.しかしあとのシーンで,「今日は合成関数のところから・・・」というセリフが登場する.合成関数の微分法をやるまえにcos{2y},\sin{2y}積分を計算できるようにするのは,不可能ではないが,数III微積分を教える順序が少しおかしい.

*2:よーく見ると少し上が突き出しているようにも見えるのでdだと強弁することもできるかもしれない.しかし,積分の中身にあるdydを見れば,そんな強弁が通用しないことは明白である.

*3:当たり前のことだが,天草リュウを演じている山田涼介くんが、事前に黒板に書き付けるべき答を見せられ、覚えさせられたのだろう.それを正確に復元できなかっただけのことなのだろう.実は山田涼介くんが数学をあまり得意としていないことの現れではないか,というのは下衆の勘ぐりというやつだろうか.

*4:もう一つ難癖をつけておくと、この女性教師の黒板の字も,天草リュウくんの黒板の字もかなり汚い.この教師がある程度年季の入った教師なら,もう少し綺麗な字が書けるはずだ.天草リュウくんの颯爽とした振る舞いとこの黒板の筆圧の強い字とは相性が良くない.数学的に見ても,行列の書き方が特に酷い.\detの意味も行列であるということさえもわかっていないまま書き写していることが明白だ.いずれにせよ,出来る生徒の字とはあまり思えない.

2007年度大学入試センター試験が行われた。

第2日終了後の深夜、大手3予備校がセンター試験の予想平均点速報値を発表した。
まずは、1/26日のセンター発表の中間集計値と速報値の比較から。

科目 中間集計 河合塾 駿台 代ゼミ
英語筆記 131.09 129 127 115
リスニング 32.48 33 34 35
国語 109.94 115 116 118
数学IA 54.04 55 55 52
数学IIB 48.94 52 53 57
理I 64.41 66 62 67
化学I 61.35 63 64 67
生物I 67.04 68 67 68
地学I 62.42 60 61 60
世界史B 67.75 69 65 68
日本史B 67.02 69 67 60
地理B 58.41 61 61 62
現代社 50.32 55 54 57
倫理 69.67 70 69 71
政治経済 64.41 66 63 65

この表を見てみると、英語筆記、数学IIB、国語、現代社会で各校とも大きく平均点を読み違えていることが伺える。(なかでも代ゼミが酷いことは一目瞭然である。)この予想平均点速報値は、全国の受験生の動向が判明していない時点で公開されたものであり、これが中間集計の値と大きく食い違うということは、「受験生のレベル」と「試験問題の難易度」の少なくとも一方を大きく読み違えていることになる。

例えば、英語筆記では、いくつか形式の変化が見られる内容を過大に評価し、新傾向に適応できないだろうと読んだ代ゼミの予想は大きくはずれた。受験生は新傾向に惑わされず、内容的に易化した問題をに確実に得点したことは、130点をこえた平均点からもうかがえる。

他方、国語では、3社とも昨年に比べて難化すると読んだが、実際には、平均点の減少幅は各社の予想を大きく越えていたことがうかがえる。漢文の難化が指摘されたが、それ以上に小説の出来が悪化したことが予想される。平均点が109台だと2003年や2001年の101〜102点台、1999年の107点台に次ぐ難しさであったことになる。(1999年といえば、あの「眠れる分度器」の出題された悪名高き年である。)今年の国語は、現場の教師たちの予想以上に小説の出来が悪かったのではないか。

数学で見ると、難化の報じられた数学IAの予想平均点は概ね妥当な値なのに対し,数学IIBの平均点が大きく読み違えていることがわかる。これは、数学IAが難化したために受験生の側がかなり疲弊した効果もあるだろうが、同時に、出題の内容が現場の予想以上に過重だったためではないだろうか。第2問で3次関数に踏み込み、さらに接線の傾きをtanの加法公式でとらえる内容や第4問のベクトルの内容は、明らかに今までのセンター試験とは異質な融合問題であった。誘導がついているとはいえ、中堅私大の2次試験的な内容であり、文系受験生には厳しかったのではないだろうか。

これ以外にも、化学Iや現代社会で読み違えが見られる。

化学Iの場合は、数学IA、数学IIBと受験した受験生の疲弊が主要因ではなかろうか。(京都周辺の医学部を受験する生徒は、生物I、数学IA、数学IIBと受けた後の化学I、物理Iであり、相当の苦痛が伴うであろうことは想像に難くない。)

既に速報値はネット上のコンテンツとしては削除されてしまっているが、各社の値を比較してみることで、いわば予備校の質はもちろんのこと、現場の感覚と実際の受験生の得点の相違もうかがい知ることが出来る。

論述問題

思いつくままに随時更新.

  1. 弧度法について,定義・いくつかの公式・効用などに留意しながら論じよ.
  2. nを正の自然数とし,a,bを実数とする.[tex:a
  3. 2次関数y=f(x)と直線y=g(x)とが接するための必要十分条件は,方程式f(x)-g(x)=0が重解を持つことである.これはなぜか?